エンジニアが「世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学」を読んでみた

世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学の最後に

贈与は「差出人」に与えられる

宛先がなければ、手紙を書くことはできません。
そして僕らは手紙を書かずには生きていけません。

と言う文章があるのですが
これを宛先とはユーザーもしくは開発ツールを使うエンジニア、手紙はアプリだったりツールのこととして読み替えると、
日々エンジニアは贈与の受け取りと送ることを繰り返していることに気づくかと思います。
毎日使っているツールはどこかの誰かが作ったもので、私たちは無料で使うことができます。
これって冷静に考えてなかなかに凄いことですよね。
資本主義的な考えならOSSを作った側が見返りを求めたり筈ですが、みんなが使っているようなOSSはもはや誰かが作ったと言う規模感を超えていて見返りの求めようがなく、全員が作り手であり、ユーザーでもあると言う状態です。こんなに自然な形で贈与が成立している業界って他にはないですよね?多分。。。

他にも贈与に対する考察として要約すると以下のようなものがありました。

  • 資本主義の考え方で贈与を定義しようとすると生じる矛盾
    • 全てが合理的に動くならプレゼントは現金でいいよね?っていう話
  • ギブ&テイクの限界点
    • 資本主義的(等価交換の考え)なら助けを何も持たない人は助けを求めることができない。

OSSコミュニティの文化だったりQiitaの自分んたちの知識を積極的に共有していく文化は筆者の言う贈与に近しいなと感じました。

最後に

筆者が言うには、受け取りてが受け取らなければ(受け取ろうとしない・もしくは贈与があったことを認識していない)贈与は成立しないと言っています。
贈与は与える人間から始まるのではなく、受け取る側から始まると筆者は言っています。
受け取る側のスキルが上がらなければ贈与は成立しません。
僕も技術という贈与を受け取れる、そしてそれをエンジニアではない人へと伝えられるエンジニアになれるよう精進していきたいです。

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